電話を前に教科書を広げて肩をすくめている様子はテレビのニュースになった。
同級生たちはテレビの取材に対して、R君一家は引越しをして、転校した。
同じ頃、ニューヨークの小学校でも、感染している子どもへのボイコット運動かおこっていた。
「うちの学校にエイズはいらない」のプラカードを掲げた父母たちが、学校の周りをシュプレヒコールをあげながらデモをした。
この時は一万人以上の子ども、が学校を休んだという。
親の気持ちを鎮めるまでにはいっていない。
「親の恐怖が子どもにもうつっている」と当時のテレビーニュースのコメントは言っている。
一九八七年八月にはフロリダ州で、エイズに感染している血友病の三人兄弟、が登校を拒否された。
裁判では三人兄弟の復学命令が出たガンの直後、兄弟の家は放火にあい、全焼した。
イギリスでは、一九八五年三月にエイズパニックが発生した。
男性同性愛者は解雇され、レストランやバーから追われた。
ゲイの活動家は個人テロの標的にされた。
また献血によっても感染すると信じた人の献血忌避のために、輸血用の血液が不足する事態になった。
各国のエイズパニックを研究しているH.H東京女子大学教授は、『エイズへの挑戦』のなかで次のように書いている。
「人は、無意識のうちに自分の不安を合理化する。
“事実”をもとめる。
あやしげな“事実”であっても、人はそこに自分の不安の根拠を見出すのである。
だが、この事実は、次には脅威の存在を確信させる原因そのものとなり、さらに強い不安を喚起し、パニック行動を誘発する。
パニックを沈静化させるためには“影”に怯える人に事実を直視させる必要がある。
いかなる場合においても『知は力』である」マスコミはパニックの条件をつくり出し、パニックに点火し、煽り立てる役割を果たす、が、パニックの火消し役を演じるのも、またマスコミである。
パニックは様ないラブルや被害者を作り出す。
その犠牲をムダにするか、あるいは、それをきっかけにして本格的なエイズ啓蒙キャンペーンにのり出すかで、その国のエイズ対策の質が試される。
エイズ患者の増加を低く抑えることに成功した、といわれているイギリスでは一九八五年のエイズパニックの翌年から、「無知で死ぬな」を合言葉に、年間五〇億円の予算をかけて徹底したエイズ予防キャンペーンを展開した。
全世帯にエイズのパンフレットを配布し、様なメディアをフルに利用したもので、キャンペーン効果が現実に国民の性行動や、エイズに対する知識と態度にどう表われるかのデータをとりながら行われた。
大規模な国民の性行動調査、麻薬常用者へ血液のついた注射針を回し打ちしないよう新しい注射針を無料配布、あるいは「飲む麻薬」を提供、エイズ診療体制の拡充―矢つぎ早に手をつけたエイズ対策はかなりの効果をあげて、評価されている。
では日本はエイズパニックの後、どう対応したのか。
パニックから何を学んだのだろうか。
ひとことで言えば、エイズ予防と理解のための教育やキャンペーンではなく、感染者の把握と管理をスムーズにする方向に力を注いだと言えよう。
厚生省はエイズパニックを、“エイズ予防キャンペーン”として評価した。
ここから、社会防衛的な発想に基づく「後天性免疫不全症候群の予防に関する法律」(以下「エイズ予防法」)の制定が浮上してくるのは自然の流れだった。
神戸のパニックの最中、一九八六年一月二二日、兵庫県エイズ対策本部は、エイズ感染防止対策を法制化するよう緊急要望をまとめて、厚生大臣に提出した。
厚生省は三月六日、エイズ予防法案の要綱をまとめて発表した。
この要綱では、まず、HIV感染者を発見した医師に対して、感染者の性別や年齢、感染原因を都道府県知事に報告する義務を定めている。
感染者、が医師の指示に従わず、多数の者に二次感染させる恐れ、が生じた時には、その氏名と住所を知事に報告しなければならない。
知事に対してはエイズに感染している疑トのある人に健康診断を受けるよう勧告し命令することや、都道府県の職員に感染経路の調査を行う権限を与えている。
法案には感染者のプライバシー保持とそれを洩らした時の医師や公務員に対する罰則規定もある、が、「神戸事件」での体験を生かして、感染者のフライ。
バレーに行政は直接介入できるようになっている。
この要綱が発表されると、血友病患者の団体からは「感染者を危険な者とみており人権侵害の危険がある」と苛立ちに反対の声があがった。
「京都ヘモフリア友の会」会長のI.Yさんは、「血友病患者の生存権を脅かす」と新聞に投稿した。
日本輸血学会や日本血栓止血学会など、血友病エイズの治療にあたっている医師の団体も、反対声明を発表。
法曹界、女性団体からも同様の声があがった。
一九八五年からエイズ専門外来と電話相談を行ってきた東京都立K病院では、法制化の動き、が出てから抗体検査を申しこむ人のキャンセルが増加し、五〇%になったと訴えた。
検査の拒否や「もぐりの検査所を教えてほしい」という人も出てきたという。
プライバシーの軽視は、感染者の潜在化をまねく、と医師は不安を隠さなかった。
A.Nさんは、日本のエイズに“顔”を与えた人だった。
一九八八年一一月二八日、日本のHIV感染者として初めて氏名を公表してテレビに登場し、一九九一年六月一七日、脳内出血で亡くなるまでの二年半、「生き急ぐ」と言っていいほどの勢いで、たくさんの仕事をした。
彼は「血友病患者がエイズに感染しためは構造的薬害の結果であり、国と製薬会社は責任をいるべきだ」と損害賠償を求める訴訟を起こし、その先頭に立った。
様なメディアを通して感染者がおかれている状況を訴えるだけでなく、訪ねてくる人や電話の相談に応じ、体調さえよければどこへでも行って話をした。
また二〇年近い年月をかけて育てあげてきた、地元、愛媛県の血友病患者団体の“長老”として、若い患者や親たちから「A.Nさん、死なないでね。
死なれたら、支えてくれる人がいなくなる」と頼られていた。
膝の関節が曲からない不自由な足をかかえ、血友病の治療とエイズの治療を受けながらの凄まじい活動だった。
だからといって悲壮感はなかった。
自分の人生を最大限楽しんでやろう、と思っていた。
エイズに感染した、という運命すらも逆手にとって、生きることの“糧”にしてしまった。
エイズという病気がわかってくると、絶望的な気持ちになることがある。
医学書に書かれてあるとおり、感染した人たちは少しずつ症状が出てくるし、発病すれば何年かたって亡くなる人が多い。
決定的な治療薬はまだ出てこない。
見舞いに行くと、予想していたよりずっと元気で、電話口でも呑気な世間話をしていた人の訃報が急に届く。
これが度重なると、「エイズに人間はどうしても勝てないのか」という無力感におそわれる。
ところがA.Nさんは、エイズと一緒に暮らすコツを心得ていて、志半ば、五四歳で亡くなったものの、「負けた」という感じがしない。
やれることを思う存分やって、「お次はあんたたちの番だよ。
手を抜いちゃいけないよ」と笑いながら立ち去った。
「エイズはこわい。
みじめだ。
惨たらしい」という作られたイメージから、はるかに遠い人だった。
初めてA.Nさんという人を意識したのは、一九八七年七月、胎児診断の番組を放送した直後のこいたった。
番組を見てすぐにワトフロに向かい、即日投函したらしい手紙が届いたのである。
「よくやってくれた」と書いてあった。
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